うたかた

オタクの観劇メモです。

オフブロードウェイ・ミュージカル『bare‐ベア‐』

オフブロードウェイ・ミュージカル『bare‐ベア‐』

【公演期間・劇場】
劇場 草月ホール
2020年1月30日(木)~2月9日(日)

 

【劇作・脚本・演出】
作曲:Damon Intrabartolo
作詞:Jon Hartmere
脚本:Jon Hartmere/Damon Intrabartolo
演出:原田優一

 

【出演】
ジェイソン:安井一真/小谷嘉一
ピーター:田村良太/大久保祥太郎
アイヴィ:増田有華/茜屋日海夏
マット:神田恭兵 /宮島朋宏
ナディア:谷口ゆうな
シスター・シャンテル:北翔海莉
神父: 林アキラ
クレア:伊東えり
ルーカス:おでぃ
ターニャ:井坂茜
カイラ:仲里美憂
ダイアン:露詰茉悠
ローリー:小林風花
ザック:石賀和輝

 

日本では2014年、2016年に初演・再演が行われ、今回で3度目の公演となるオフブロードウェイミュージカル作品。ジャンルとしてはロックミュージカルとか、ポップミュージカルと呼ばれているようです。
ちなみに初演が中野ザ・ポケット、再演がシアターサンモール、今回が草月ホールと劇場規模が大きくなっており着々とファンを増やしている様子。


カトリックの寄宿高校でスター的存在のジェイソン。そして「平凡な生徒」のピーター。カップルである事をカミングアウトしたいをピーターと、隠し続けたいジェイソン。卒業を間近に控え、やがて関係が明るみになり、ジェイソンがとった行動は…。

bareで示されているLGBTは、アメリカではどんな問題なのか?アメリカの高校はどう違うのか?
2016年版の公式ブログで解説などもありました。

 

作中でも歌われているようにカトリックキリスト教)では同性愛が認められていない。
更に寄宿高校だとオールドスクール(古典的)な思考が強いそうで。

アメリカでの初演は2000年で、おそらく「bare」の時代設定は1990~2000年頃と思われます。(シスターがダイアンに「あなたのお父さん、ビデオカメラ持ってる?」と訊いていたので、もしかしてもう少し前かもしれないけど。)
その頃アメリカでLGBTの方を標的とした痛ましい事件があり、ヘイトクライム規制の声が高まった頃。
レインボーフラッグの活動が起こり始めたのが1970年代、差別への問題が社会的に取り沙汰されてきたのが1990年代、規制が定められたのが2000年代。
3~4年前にも各地でヘイトクライムの事件が起きていて、半世紀経過してもまだまだ根の深い問題であり、「bare」が世に出て20年、長く支持されている所以とも言えるかもしれません。
前置きが長くなりましたが、「bare」の登場人物を語る上ではやはりこの問題が核かなと思うので。


○ピーター(田村良太/大久保祥太郎)
観劇したのは田村ピーターでした。

ひっそりジェイソンと付き合いつつ、ゲイである事をカミングアウトしたいと思っているピーター。母・クレアは幼いピーターからドレッサーをプレゼントとしてねだられた時から察していて、カミングアウトされる事を恐れている。ドレッサーに惹かれるピーターは女性的な面があるのだなと思いました。
ピーターの「真実を伝えなくてはいけない」という素直さは、カミングアウトした先に起こる事を分かっていても…それでも…という精神の強さが覚悟になっているのではないかと。神父様への「あなたを赦します」という言葉が印象的でした。
シスターも言っていましたが黒人差別もLGBT差別も抱えている事は同じなのだと感じました。だからこそ、劇中劇の「ロミオとジュリエット」で代役を演じたピーターを笑ったマットの事をシスターは強く叱ったのですね。

そんなピーターの素直さがジェイソンにとって不幸を招いてしまったのかもしれない…と思うと、ピーターは、ジェイソンと付き合うには心が強すぎたのだと、彼らの境遇を悲しまずにはいられない。ロミオとジュリエットとの因果を感じます。

田村ピーターの演技からは穏やかな静さのような印象と、まろやかな声質から繰り出される強い歌が、素直で意志の強いピーターなのだと感じさせた。
あとジェイソンに向ける愛情表現以上に、田村ピーターの「愛され慣れている」感が、マイノリティらしさを感じさせないというか、あの愛嬌はピーターの天性の才能なんじゃないかと思わせる所が好きです。

 

○ジェイソン(安井一真/小谷嘉一)
観劇したのは安井ジェイソン

学校では主席でスター的存在。家では硬派な父親からの期待に応えようと「背伸びしている(ナディア評)」
秘密を暴かれる事を恐れてピーターを突き放して、アイヴィと関係を持ち妊娠させてしまい、その事を知ったマットにゲイである事をクラスメイト全員の前で言われてしまう。途方に暮れて神父(校長)に相談するも「信じれば赦しはある」と言われて絶望し、最後にはルーカスから貰ったドラッグにより命を落としてしまう。
ピーター、アイヴィ、マットの側から見ると、ジェイソンには何とも形容し難い軽薄さを感じるのですが、カミングアウトを避けようとするのは先に記述したようにLGBTはそれだけの根深い背景を抱えているから…。ジェイソンにはそれを怖れるだけの「抱えているもの」があったから。
ジェイソンがピーターほどの心の強さを持っていたら、これだけ根深い背景を抱えていなかったら、ジェイソンの「ここから逃げよう」に少しだけでもピーターが応じていたら…。と、考えてしまうととても辛い。

安井ジェイソンは才能に溢れながらも繊細で線の細い印象。脆そうな部分をピーターやナディアは守りたくなるのかなと感じました。

 

○ナディア(谷口ゆうな)
個人的にピーター、ジェイソンに次いで重要な存在ではないかと思っています。

体型にコンプレックスがあり、ジェイソンとの才能の差を諦めているジェイソンの双子の妹。
それでも少しは諦めてきれていない青さと、才能の差を察してジェイソンをサポートする覚悟を決めている「強さ」も感じさせる。
ジェイソンがゲイである事は既に気付いていて、マットに秘密を明らかにされてしまった後すぐに「パパには内緒」「今日の夜電話して。今日じゃなくてもいい」とジェイソンを抱き締めに行った所には、とても心の深さを感じたし、ジェイソンが求めているであろう優しさを示しているように感じました。
ジェイソンにとってナディアという、支えてくれている存在がいる事に気付いて、それが救いになってくれたら…きっとピーターとの関係に変化があった事で頭がいっぱいで、そんな大切な事に気付けなかったんだろう…。悲しい。

初演からナディアを演じている谷口さんのパワフルな歌声と貫禄。「余裕」と「遊び」もまた観ていて気持ちいい。場面転換前とかにちょこちょこ挟む谷口さんの小ネタが楽しかったです。


○まとめ

アイヴィは見た目ばかりで評価される事に不満があったし、失恋した相手の子供ができてしまった事に言いようのない不安を抱えていた。(増田さんが登場した瞬間の輝いている女の子!なオーラが凄かったです)
マットはいつもジェイソンに勝てず二番手扱いだったことも、好きだったアイヴィが振り向いてくれず挙げ句アイヴィを振ったのに妊娠させていた(のにピーターとも付き合っていた)。たまらない敗北感からクラスメイトの前でジェイソンを罵ってしまった事を、後にマットも謝罪していた(ジェイソンの耳にはもう届かなかったけれど)
クレアはジェイソンの悲劇が起こるまで、ピーターのカミングアウトを拒み続けた。
神父様は結果的にジェイソンを追い詰める事になった(後にピーターに謝罪している)

「bare」はジェイソンという青年が、同性愛に対して許容がまだまだ足りない世界で犠牲となってしまった物語。
子供たちも、大人たちも、何かしら過ちを犯してしまっていて、ボタンを掛け違えてしまうような出来事が起きている。それでも過ちを認めて、正そうとする事ができる素直な人達。
悲しい出来事があって、間違いがあっても、救いがないわけではない…けれど、ジェイソンが周りから愛されている事に救いを感じる前に最悪の結末を迎えてしまった。そんな最悪の結末を避けるにはどうしたら良かったのか?
舞台が終わってからも、ジェイソンを始めとする彼らの事を考えてしまう。そんな舞台でした。

 

 

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オフブロードウェイ・ミュージカル『bare‐ベア‐』